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2024.10.25 台所手帖

失敗は成功のもと

失敗は成功のもと

池坊のお華の先生のお宅で、少々季節外れの風船カズラが花をつけて揺れていました。とても可憐で儚げながら小さな白い花と緑の繊細な風船が印象的でついつい目にすると顔がほころびます。そういう草花の存在に幸せを感じます。どなたでも、笑顔で対応してくださるとうれしいなと思う、それに近いと感じた今日この頃です。急に朝晩冷え込みあっという間に冬かと思えば日中は夏日。着衣に迷っております。
以前に教えて頂いた赤ずいきの汁を作りましょうと、里芋人参大根などを煮込んで、うっかり赤ずいきを刻んで入れてしまいました。途中からおっと、と気づいて皮をむき刻んで(本当は湯通しして絞るなあ、、)と思いながらなんとかなるか、と料理を続行してしまいました。味噌を溶いていただいていると、「なんだか舌がピリピリする!」と食べた皆がいいだしました。実際、これはシュウ酸カルシウムの仕業、赤ずいきのあく抜きをしっかりしなかったことが原因でした。シュウ酸カルシウムの結晶は四角だか三角だかに尖っていて、そのとんがりが口内を刺激していたのでした。料理はやはり、必要な手順をしっかり踏まえなければならない、ということですね。そのあと、ひと鍋の汁をどうしたかというと、いったんピリピリのアクの溶け込んだ汁を洗い流して、新しく出汁を足したのでした。久々の大失敗でした。

〈きくらげL I F E〉
9月に、天徳寺典座寮にて撮影協力をさせていただきました。菌塵研究所のスタッフさんのもえちゃんとは、京都で入門した薬膳教室の先輩後輩、いつか何かを一緒にしたいね!といっていました。だんご汁を一緒に作ったり味噌づくりの会に誘ってもらったり、薬膳料理の会に誘ってくれたり、松露やきのこについていろんなことを教えてくれるきのこの達人です。

1年分の季節を1日で撮るという、プロの撮影現場に真剣勝負。料理の出来栄えは、さて、Instagramにてお楽しみに。
@kikurage_life
撮影は道環の写真でおなじみの僕ら、の藤田さん。日々是修行、お料理の研究、修行します。

2024.08.10 台所手帖

夏のごはん

夏のごはん

みなさまいかがお過ごしですか?山河草木のうつろいは、正直ですね。芽吹いた緑があっという間に濃くなって、お寺の裏の山も青々と茂っています。あまりに気温の高い日には木々の枝葉が裏返って逆立ち、白色系茶色緑に見えるような時があります。雨風の被害が広がらず、動物と人とのバランスが保たれますように。
地球環境を心配する当の私はといえば、規則正しく過ごしたいのに仕事の段取りをうまく組めずに悪戦苦闘しています。そうすると身体が定期的に悲鳴を上げます。心身ともに滞りをなくして、気血の流れがうまく巡るように暮らしたいものです。
元気が足りない時には、季節の野菜ご飯がいいですね。空豆、インゲン豆美味しく頂きました。いまは、胡瓜、トマト、甘長唐辛子、ピーマン、西瓜、そしてトウモロコシの出番です。皆さんは、トウモロコシはどのように召し上がりますか?塩ゆでが多いかも知れませんね。蒸し器で蒸したり、グリルで焼いたり、天ぷらなどという場合もあると思います。手の込んだところでは、コーンスープでしょうか。子供の頃は祖母や母が作ってくれるコーンスープが楽しみでした。トウモロコシの皮を剥くお手伝いをしていましたが、それがとても大変な作業だったような記憶があります。けれど、それは自分が小さかったから。トウモロコシを剥く時は「あの頃」に一瞬戻れる楽しいひと時です。近頃は、茶色くなったトウモロコシのヒゲの先っちょをハサミでちょきんと切って皮を剥きながら、きれいな翡翠色のひげをつかんで纏めて引っ張り、そのひげも大切に使います。ひげは玉米鬚(ぎょくべいしゅ)とか南蛮毛という漢方薬です。車前草(オオバコ)や冬瓜皮などと一緒に煎じて、むくみ取りに使われます。芯は「玉米軸」といい、簡単にいえば、どれも身体の熱を冷ましたり余分な水分を出したりする働きがあるのです。
トウモロコシはもともとは南米原産で、栽培の歴史は、マヤ、アステカ古代文明にまで遡れるそうです。15世紀末にコロンブスによってヨーロッパに伝わり、ポルトガル人によってジャワに導入、16世紀ごろ中国に伝わり同時に日本にも伝えられたという説が有力です。「トウモロコシ」の品種は様々で甘みの少ない乾燥させて穀物として利用するものと、乾燥させずに生を加熱して食べる甘みの強いものがあります。日本では「甜質型」(スイートコーン)が多く栽培されていますが、中国では甘みのない「硬粒種」も製粉してマントウや粥にするそうです。トウモロコシ粉に山薬(山芋)を3:2でお粥にすると玉米山薬粥。話が逸れましたが、トウモロコシご飯をご紹介します。

【トウモロコシご飯の作り方】
トウモロコシ1本、給水させたお米3合、塩小さじ1を鍋に入れ炊きます。
炊き上がったらトウモロコシを芯から外し混ぜます。大葉青紫蘇があれば刻んで混ぜ込みます。
トマトの味噌汁とトウモロコシご飯に胡瓜の糠漬け、枇杷。是非やってみてください。
毎日のご飯で体調を整えることが出来たら何よりですね。ご無事に夏を乗り切りましょう。

2024.03.30 台所手帖

摂心会の献立

摂心会の献立

面玄関に、韋駄天様をお迎えして2年経ちます。今月の大般若法要で3年目になります。5年ぶりの摂心会はお釈迦様のお涅槃の日から始まりました。続々と懐かしいお顔が集まる中、韋駄天様に涅槃だんごをお供えし、早朝の粥の準備にかかりました。今年は、毎年福島からお出でいただく和尚さまが2日目からしか来られない、ということで前半は天徳寺典座寮が担当することになりました。
最初の日の朝は、15日のお涅槃だんごのお下がりを粥に入れ、白胡麻塩でいただきました。青黄赤白黒(しょうおうしゃくびゃくこく)これは木火土金水、五行の色合いに対応しており、生きている世界を象徴しているのでしょうか、涅槃の世界とこの世の繋がりを示しているのでしょうか。涅槃団子の赤は紅大根(ビーツのジャム)黄色は南瓜、青は蓬と抹茶で黒は黒胡麻(胡麻は油が出たので竹炭か焙煎黒豆の方がよい)で作りました。粥とほうれん草のお浸し、蕪と干し柿の胡麻酢和え、白菜の乳酸発酵漬けで、摂心会のスタートを切りました。
写真にありますのは、中食、昼御飯です。にせえびフライ。人参を縦に4等分し、蒸して衣をつけて揚げています。お味は人参の甘みを少しの塩で引き出し、菜種油で軽く揚げます。バッター液は片栗粉、おろし長芋に米粉を水溶きにしてくぐらせて、しっぽになる部分を残してパン粉をつけて揚げてあります。
頂いた干し柿に胡桃を鋳込み揚げたものを添え、ブロッコリーには乾燥桑の実を胡麻酢で伸ばした紫色を纏わせました。朝の胡麻酢がベースです。禅皿には塩もみキャベツとオイルでタルカ(揚げた)フェンネル和えと、人参と柑橘と白芥子(消化を助けます)薩摩芋のレモン煮を。汁は四神湯という薬膳スープ(蓮の実、欠実=オニバスの実、ハトムギ、山薬=自然薯を煮込むもの)をベースにしました。セロリと人参で補った気を巡らせるよう、藤原みそこうじ店さんの野生麹の味噌を使い、椎茸と昆布、炒り玄米の出汁でみそ汁に仕立てます。ご飯はシンプルに、梅干しを付けた時の紫蘇と穂紫蘇を混ぜて乾燥させたものを混ぜました。漬物は板井原の昔ながらの漬物です。身体に入ったものがうまく調和して、消化を助けますように、気血が巡りますように。そう願いながら献立を組みます。
私は日頃から原木椎茸を見つけると、少しずつザルで干しておきます。干し椎茸があれば、特別なものはなにもいらない、と思うのです。季節の野菜を頂いてお料理することができるということ、仏さまにお供えしていただき、坐禅堂で行持として頂いてくださる方々がいること、ありがたいことです。
夜、薬石には百合根餡をつつんだ蓮根だんごをつくりました。これこそ先回のひりょうすの経験を生かせる!はずだったのですが、どうだったかといえば、まぁ、なかなか理想通りにはゆきません。みなで行じること、それがすべてだな、と思いました。天徳寺には有髪でも、僧侶として修行道場を経ていなくても「一緒に行じよう」「行じる仲間の集いこそがサンガ=お釈迦様が目指したこと」だという考えの和尚さま方が沢山集まられます。お陰で、坐禅会の皆さまだけでなく一般の参加者さまも、ともに行じることができるのです。天徳寺は昔から修行道場だったそうですが、今もなお、お檀家さまの皆さまのお陰で行じることのできるお寺です。私は皆さまに修行の様子をお伝えすることも大切な役目のひとつだと思っているので、今年はこの報告をすることができて嬉しく思います。 

2023.11.25 住職のおすすめ本

伊丹十三『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫2015)

伊丹十三『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫2015)

 9月に講義の仕事があり、出張で愛媛県今治市まで行くことになった。それで、松山まで足をのばした。松山にぜひ行きたいところがあった。「伊丹十三記念館」である。伊丹十三(1933 -1997)の遺した8万点にもおよぶ品々を、その業績によって分類展示した記念館、というと、かたくるしく思われるだろうか。けれどもそこは、入ってみると一本の樹が植えてあるさっぱりとした明るい庭が目に飛び込んできて、その庭にはタンポポが自生し、それを四方から囲むように矩形の建物が建っている、神経の行き届いた、気持ちの良い場所であった。その内部も、伊丹の自宅に招かれたかのような、上質でこだわりがはっきりと見えながら、気持ちの良いものたちが上機嫌に迎えてくれる、特別の空間であった。設計したのは、伊丹の熱心な読者でもある建築家中村好文。この中村の、細部にわたる伊丹作品との照応を確認するのに、『集いの建築、円いの空間』は格好の案内書である。さて、伊丹十三とは、商業デザイナー、イラストレーター、俳優、エッセイスト、翻訳家、精神分析家、CM作家、テレビマンなどをつとめながら、そのどれにも収まりつかない巨大な才能の持ち主だった。50代になって『お葬式』という映画を撮って、それまでの経歴をすべて注ぎ込むように映画監督となり、デビュー作で大ヒットをとばす。その後、9本の映画をたてつづけに撮って話題となりさらにヒットをとばしたが、1997年、突然自死をして、その生涯を閉じてしまった。

『ヨーロッパ退屈日記』は、27歳の伊丹が、俳優としてイギリスにわたり、イギリス映画に出るためヨーロッパで過ごした数年間に見聞きしたことを述べた初エッセイ集である。のちのすべての伊丹の文章と同じく、一編一編が、すでに抜群におもしろく、こだわりがあってためになり、しかもよみやすい。けれどなぜだろうか、この本を読むたびに私は、せつなくなるのだ。そして一二編を読むと、それ以上読みすすめられず、本を伏せて、じいっと考えこんでしまう。これだけの大きな才能と、これだけのこだわりを持つ人は、どのように生き、なにを食べ、誰と会い、なにを作り、どう死ぬのだろうと、つまりは、その人の作品よりも、その人自身の生涯について、考えてしまうのだ。大きな才能に振り回されてしまう人間の、運命の不孝といったようなものに、痛ましい思いをしながら、けれど魅せられてしまうのである。

2023.11.25 お寺のあれこれ

お寺のあれこれ(応量器)

お寺のあれこれ(応量器)

お寺のあれこれ(応量器)

京都には、「鉄鉢料理(てっぱつりょうり)」といわれるお料理を出すお店があります。黒い漆塗りの円い容器が大小いくつもならんで、そこにお野菜だけで作られた精進料理が盛り付けられているものです。テレビや雑誌などでご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 この「鉢」とよばれる漆塗りの黒い器は、そもそもは、お坊さんが托鉢をして、檀家さんから食物をその中に入れていただき、そこから食事をするための器です。現在でも南方の仏教国では、金属製の大きいボールをもって毎朝お坊さんが列をつくって托鉢しますが、その「金属製のボール」もこの「鉢」と同じものです。日本では木製の塗りの器を使うのが定着しています。

 この「鉢」は別名、「応量器(おうりょうき)」とも呼ばれます。「応量器」とは、「ほしいだけの量に応じていただく器」という意味です。仏教のお坊さんはお坊さんになるときに、お師匠様からこの「応量器」を各自の備品として使うように頂戴し、生涯大事にします。日本の応量器は、大きな器は「頭鉢(ずはつ)」と呼ばれ、そのなかに小さめの器がいくつも入れ子状にしまわれています。食事の際には、この頭鉢から小さな器をすべて出して並べ、頭鉢にはお粥やごはん、小さな器には味噌汁やおかず、漬物をいれてもらいます。

 曹洞宗の祖である道元禅師(1200-1253)は、こうした応量器の扱いについてのお作法を記した『赴粥飯法(ふくしゅくはんぽう)』という著作をあらわされました。そこでは、「食において好き嫌いをなくすと、仏法においてもさとりが開ける」という精神が掲げられ、実践の手引きとされています。高い精神性と具体的なお食事のひとつひとつがつなげられて、示されている、世界にも類がない本となっています。

 坐禅堂では坐禅の姿勢で食事も頂きます。そのときに使われるのが「応量器」です。ほしいものはたくさん食べたい、嫌いなものはたべたくない、自分勝手にたべたい、という心を抑えて、作法に準じて、お食事を摂ります。仏教の教えを生きることとは、つまり、そのような高い精神性を、具体的な生活の一つ一つに実現することです。それが曹洞宗の教えであると思います。